【花燃ゆ】吉田松陰が投獄された「野山獄」とは ?


野山獄

大河ドラマ 花燃ゆ 第 4 回「生きてつかあさい」はいかがでしたか ?
個人的には、思いつめた梅太郎を妻・亀が旅の疲れをねぎらう言葉「お前様、お帰りになられてからずっとせわしかったので、言いそびれちょりました。お帰りなさいませ。ようお戻りになられました。ほんにご苦労様でございました」にぐっときました。いろんな意味での「生きてつかあさい」でしたね。

野山獄(のやまごく)とは

天保 2 年( 1645 年)、藩士 野山六右衛門(のやまろくえもん)の家に、道を隔てた藩士 岩倉孫兵衛(いわくらまごべえ)が酒に酔って家族を殺傷する事件が起きました。このため、岩倉は死刑となり喧嘩両成敗ということで両家は取り潰されました。
野山獄

「野山獄」は比較的、環境が良かったようで囚人同士の交流も制限がなく、親族から食べ物の差し入れも自由でした。 1 年余りをここで過ごした吉田松陰は、同囚人たちに「孟子」の講義を行うという前例のない教育活動を行いました。

野山獄

岩倉獄跡地
野山獄

野山獄

松陰と一緒に密航に失敗した金子重輔は、身分が低いために「岩倉獄」に投獄されました。「野山獄」に比べ、環境が劣悪だったため、重輔は獄内で病死しました。


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