【目指せ世界遺産登録】 松下村塾


工学教育の重要性を唱えた吉田松陰

松下村塾
世界遺産登録シリーズ、今回は「松下村塾」をご紹介します。

平成 27 年夏の世界遺産登録を目指す「明治日本の産業革命遺産」は九州・山口を中心に8県11市に23資産あります。そのうち萩エリアには萩城下町、萩反射炉、恵美須ヶ鼻造船所跡、大板山たたら製鉄遺跡、松下村塾の5つの資産があります。

現在、松下村塾は萩市の松陰神社境内に修復された当時の建物があります。
松下村塾

松下村塾は、天保 13 年( 1842 年)に吉田松陰の叔父・玉木文之進が開設しました。
松下村塾

吉田松陰幽囚ノ旧宅
松下村塾

安政 元年( 1854 年)、直接自分で西洋の実情を確かめようと、伊豆下田に停泊していたペリーの黒船に密航を企てましたが失敗し投獄されます。出獄を許された松陰は萩に帰郷。杉家で謹慎生活を命じられ、この 3 畳半ほどの幽囚室で塾生たちに講義をはじめます。

この 8 畳 1 室の部屋が松下村塾の講義室です。
松下村塾

松陰の実家である杉家の母屋を増築し、武士と認められた者しか入れなかった明倫館に対し、武士や町民など身分の隔てなく約 90 名ほどの塾生を受け入れ指導しました。

講義室の隣の間には、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文など松下村塾ゆかりの人々の肖像が飾られています。
松下村塾

「親思ふ心にまさる親心けふの音づれ何ときくらん」
松下村塾 
子が親を思う心よりも、子を思いやる親の気持ちのほうがはるかに深い。
自分が処刑されることを悟った松陰が江戸から故郷宛の手紙の中でしたためた句です。


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