観光

松陰神社

明治23(1890)年に吉田松陰を祀って建てられた神社。 松下村塾改修時に松陰の実家である杉家により私祠として村塾の西側に土蔵造りの小祠が建立された。 その後、門人の伊藤博文、野村靖などが中心となり、神社を公のものとして …


花月楼

安永5年(1776)に7代藩主毛利重就が、江戸千家の元祖川上不白の献上した花月楼の設計図に基づいて三田尻(防府市)の別邸内に建築した茶室である。


石碑「薩長土連合密議乃處」

松陰神社敷地内、境内入口左奥の隅にあり、明治百年記念の1968年(昭和43)に建立された石碑。 中央に大きく「薩長土連合密議之處」、向って右から「薩州・田上藤七、長州・久坂玄瑞、土州・坂本龍馬」、左側に「文久二年一月、鈴 …


山田顕義誕生地

山田顕義は、弘化元年(1844)に萩藩士山田七兵衛の長男として生まれ、安政5年15歳の時に松下村塾に入門した。 吉田松陰にとっては最年少の門下生だったらしい。


品川弥二郎誕生地

天保14年(1843)萩藩足軽・品川弥市右衛門の子として生まれる。 松下村塾に学び、高杉晋作らと共に尊王攘夷運動に参加した。 英国公使館焼き打ちをはじめ、禁門の変や戊辰の役に参加し、大きな役割を果たしている。


玉木文之進旧宅

松下村塾の創立者であり、吉田松陰の叔父である玉木文之進は、文化7年(1810)萩藩士杉七兵衛の三男として生まれ、11歳のときに玉木十右衛門の後を継ぐ。 天保13年(1842)松下村塾を開き多くの子弟を教育した。 松陰先生 …


楫取素彦旧宅跡

楫取素彦は文政12年(1829)、萩藩医松島瑞璠の次男として萩に生まれ、初め伊之助と称しました。 兄に洋学者の松島剛蔵がおり、12歳の時に萩藩の儒者 小田村吉平の養子となりました。


吉田松陰の墓及び墓所

吉田松陰,墓所

万延元年(1860)2月7日が松陰没後100日にあたり、杉家では百日祭を営み、護国山団子岩の吉田家墓地に親戚、高杉晋作、久坂玄瑞をはじめ在萩の門人のほとんどが出席し故人の霊を弔い遺髪を埋葬した。


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