旧明倫館跡


萩市,旧明倫館跡

毛利氏は大江匡房や広元を祖とする家柄で、学問を重んじる伝統を持つ。
5代藩主毛利吉元によって享保4年(1719)に創建された藩校明倫館は、江戸末期270余を数えた藩校のうち12番目に出来たできたもので、三の丸(堀内地区)の旧明倫館は940坪の敷地内に、孔子、孟子などの木主を納めた大成殿を中心に配置され、左右に剣術場、槍術場、砲術場などの武道場が館の外周を形成していた。

5代藩主毛利吉元によって創建された藩校

藩主吉元は、明倫館初代学頭の小倉尚斎とともに幕府大学頭林家の塾である昌平黌に学んだ林家朱子学の正系であったので、藩学の構造も、教育内容、儀式等共に多くが湯島の聖堂を模範としたものであった。
「明倫館」の名称は、当時の侍講、2代学頭となった山県周南が名付けた。
出典は「孟子」の滕文公編(上)の三章。
「上に立つものが教育の力によって人間の道を明らかにして教え導けば、下、人民はみなそれに感化されて互いに親しみあい国は大いに治まる(皆、人倫を明らかにする所以なり)」

Info
名前 旧明倫館跡
住所 萩市堀内
営業時間
料金 無料
休日 無休
駐車場
電話番号
URL

出典:萩市観光協会