堀内エリア

北の総門

脇戸付きの切妻造り本瓦葺き、柱間約6m、高さ7mの日本最大級の高麗門。 平成16年11月に、「萩開府400年」を記念して復元されました。 本柱や「冠木(かぶき)」と呼ばれる横材などは、欅(けやき)の巨木を使って復元してい …


旧益田家物見矢倉 (旧益田家老長屋)

武器を収納する倉を矢倉といい、天井が高く見張り台も兼ねたものは物見矢倉と呼ばれていた。 北の総門からの人の出入りを見張る“隠密対策”としての機能があり、平安古の総門には児玉家、中の総門には大野毛利家の隅矢倉がある。 大野 …


旧周布家長屋門

旧三の丸の北の総門筋にある長屋門。 江戸時代中期の代表的な武家屋敷長屋の様式を色濃く残しており、木造平屋建て本瓦葺きの長い建物が特徴である。 太い格子出窓の金具、懸魚や下部の石組などすぐれた意匠が施され旧態を保っている。


問田益田氏旧宅土塀

堀内地区にある延長231.7mの土塀の堂々たる土塀は、市内に現存する土塀のなかで最長。 当時この地に白塗りの土塀を巡らせた萩藩重臣の屋敷が建ち並んでいた面影を今も残している。


旧明倫館跡

萩市,旧明倫館跡

毛利氏は大江匡房や広元を祖とする家柄で、学問を重んじる伝統を持つ。 5代藩主毛利吉元によって享保4年(1719)に創建された藩校明倫館は、江戸末期270余を数えた藩校のうち12番目に出来たできたもので、三の丸(堀内地区) …


堀内 鍵曲

鍵曲(かいまがり)は、左右を高い土塀で囲み、道を鍵の手(直角)に曲げた道で、一見行き止まりかと錯覚させるような独特な道筋です。


口羽家住宅

口羽家は毛利氏の庶流で、石見国邑智郡口羽村を領したことから口羽の姓を名乗る。 関ヶ原の役後、毛利に従い萩に移り、藩寄組として1,018石余りを領した。


旧毛利家別邸表門

建築年代は明治時代、14代藩主・毛利元徳が鎌倉材木座に建てた表門。 大正10(1921)年、別邸とともに毛利家萩別邸として市内東田町に移築され、昭和49(1974)年現在地に移築された。


天樹院墓所

萩藩を創設した毛利輝元の墓所。 もともとここは輝元の隠居所(四本松邸)で、輝元亡き後に天樹院という菩提寺が建てられましたが維新後に廃寺になりました。 竹林に囲まれた静かな場所に五輪搭形の墓が残っています。


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