観光

吉田松陰誕生地

杉家は代々毛利家に仕え、吉田松陰の曽祖父・文左衛門の時代から萩城下川島に住んでいた。 しかし、文化・文政の大火に遭い、文化13(1816)年、祖父・七兵衛が萩の東郊松本村に転居。 文政8(1825)年、萩城下江向の俳人・ …


伊藤博文別邸

伊藤博文旧宅に隣接する別邸。 明治40年、伊藤博文が東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた広大な別邸の一部を移築したもの。


伊藤博文旧宅

伊藤博文は、天保12(1841)年熊毛郡束荷村の農家に生まれた。 幼名は利助、のち春輔、そして“博文”と改めた。 木戸孝允の義弟・栗原良蔵の紹介で松下村塾に入り「なかなか周旋家になりそうな」と吉田松陰の評価を得る。


松下村塾

松下村塾

幕末期に吉田松陰が主宰した私塾。 天保13年(1842)に松陰の叔父である玉木文之進が自宅で私塾を開いたのが始まりで、後に松陰の外伯父にあたる久保五郎左衛門が継ぎ、安政4年(1857)、28歳の松陰がこれを継ぎました。


しろ魚ロード

2月下旬から4月上旬にかけて行われる「しろうお漁」。 四つ手網を広げて行う漁の姿は、萩の春の風物詩となっている。


常念寺

毛利輝元が萩城の築城時に宿舎にした寺。 表門は、もともと京都の聚楽第(じゅらくだい)の裏門として建てられたものを輝元が豊臣秀吉から拝領し、1633(寛永10)年に移築した。


長寿寺

浄土宗西山禅林寺派の寺で、山号は涼松山という。 奈良時代に造られた木造の不動明王は、県指定重要文化財にも指定されており、長い間人々の信仰を集めている。


亨徳寺

開創は享徳元(1452)年。 道路に面して立つ木造の荘厳な三門は、元禄8(1695)年に建立されたものと伝えられている。


海潮寺

本堂は、藩校明倫館の遺構である聖廟を明治8(1875)年に移築、現在もそのまま使用されている。 藩校の面影が偲ばれる貴重な史跡である。


泉福寺

浄土真宗本願寺派の泉福寺は、幕末に松下村塾で数多くの勤皇の志士達を輩出した吉田松陰先生の菩提寺です。 本堂うしろの位牌堂には、松陰先生の石膏像とともに位牌が安置されています。


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